それフランクルの前でも言えるの?

例によって今年も「夜と霧」を読んだ。

何度も読んではいるものの、自分には難解な部分がまだ多い。

もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。

この本は、ある種道徳的なことが書いてあるのだけど、フランクルにそれを突きつけられると真摯に向き合わざるを得ない。あらゆる言い訳は彼の前では通用せず「お前は生きることの問いに正しく答えているのか?」と問われる。そういう意味では、この本は収容所を生き抜いたフランクル以外に書けなかったのだろうと思う。